こんにちは。あやです。
現在は就労継続支援B型の作業所で
在宅勤務している私ですが、
時給で働くアルバイトをしていた時代も
ありました。
今日はその時のことについて
お話します。
2024年4月 塾講師
大学に入学してから、
挑戦してみたいバイトとして
まず思い浮かんだのが
塾講師のアルバイトです。
私が小学3年生から中学1年生の夏まで
お世話になり、
私に勉強の基礎を教えてくださった
塾に講師として戻ってくることが
出来ました。
採用が決まった時は
本当に嬉しかったのを覚えています。
しかし
思い描いていたバイト生活は
すぐに送れなくなってしまいます。
大学にも通えなくなり
対人の不安に悩まされていた私には
塾講師のアルバイトを
続けることが困難でした。
そもそもバイトにいこうと思っても
体が重くて動きません。
勤務できたのはわずか3日間でした。
2024年9月 ファミレスのホール
塾講師のアルバイトを辞めて
5か月たった9月に
ファミレスのホールのアルバイトを
始めます。
調子が良くなってきた頃でした。
「今度こそは続ける」
そう意気込んで働いていました。
しばらくは順調でした。
もちろんバイトに行くと疲れるし
体が重い日もあるけれど、
バイト同士の仲が良かったことに
ずっと救われていました。
状況が変わってきたのは12月始めの頃です。
日記にはこう書かれています。
12/5 バイト行きたくない。
12/6 バイトでの色んな場面を思い出しては
自己嫌悪に陥る。
寝ようと思って目をつぶると
バイトの場面が思い出されて寝られない。
12/9 泣きながらバイトに向かった。
12/15 一睡もできなかった。
12/21 バイト先の近くまで行ったけど
つらくて不安で結局無理やった。
不安感。罪悪感。
バイト先の近くまで行っても
出勤できなかったり
寝られなくなったりしました。
”もう続けられない”
そう思って辞めたいということを
伝えました。
ファミレスのバイトでは
お客さんから
強く物を言われることが多かったので
それが私にはきつかったです。
それぐらい耐えて当然。
という意見はごもっともだと思います。
働くとはきっとそういうことです。
私には
まだ早かったんだなと
悔しい気持ちでいっぱいでした。
2024年12月 老人ホームの配膳準備
”ファミレスのバイトは
人との関わりが多いから無理なんだ。”
そう思った私は
人と関わりの少ない
配膳準備のバイトに
チャレンジしました。
しかし配膳準備も一人でするのでは
ありません。
一緒に準備をする仲間がいます。
「つったてても意味ないから」と言われた
たったその一言が
私に突き刺さりました。
その日の日記には
「ひも出してきて首しめようとして
涙が止まらんくなった」と
書かれていました。
ファミレスの職場の雰囲気が良かっただけに
職場の空気の重さがしんどかったです。
1日だけ勤務し、辞めてしまいました。
忘れられない言葉
私の周りは
大学生、専門学生で
アルバイトをしている人も
多いです。
そんな友達のうちの1人から
こんな言葉を聞きました。
「働きたくない。できれば生活保護で生きていきたい。」
この言葉を聞いて
すごく複雑な気持ちになりました。
もちろん
働かずに生きられるなら
それを選ぶ人は多いかもしれません。
でも
”生活保護で生きたい”というのは
違うんじゃないかなと
私は思います。
私は障害基礎年金をいただいています。
その中で自分でお金の管理をしています。
働きたくてもうまく働けません。
だから障害年金はとても有り難いです。
生活保護は受けざるを得ない人が
受けるものなのではないかと。
羨ましいと思う対象ではないんじゃないかと。
「障害者手帳いいな」
これも印象に残っている言葉です。
障害者手帳を持っていると
施設を無料や半額で使えるところがあります。
たしかに助かります。
でも羨ましがるものではなくない?
と思ってしまいます。
うまく言葉にできませんが
好きでうつ病になったわけじゃない
と言いたいです。笑
まとめ
最後は私のぼやきも入りましたが
私にも
アルバイトをしていた時代がありました。
それを経験して思うのが
「働いている人たち、すごい」と
心から思います。
働けるって私にとっては
普通じゃないです。
でももちろん
いつかは働けるようになりたいし
それを目指しています。
ゆっくり
自分のペースで生きます。


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